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民事信託について



1.注目される民事信託

 このページをご覧の皆様は、すでに民事信託のスキームについて既にご存じだろうと思います。ここでは、最近になってなぜこれほど民事信託が注目されるようになったのか、そして大正11年に制定された信託法がどのように改正されたのかについても触れてみます。

 民事信託は財産を信託する人を委託者、信託財産を管理・処分する人を受託者といいます。さらに信託財産から益を受け取る人を受益者といい、それぞれの信託関係人には、義務と権利が信託法で定められています。信託制度を利用すると、委託者の所有する財産が受託者の所有物に変更されます。信託不動産は「信託による所有権移転登記」をしなければなりません。これが2007年までは贈与税を負担しないと、勝手に財産移動することはできませんでした。

 大正11年から2006年の信託制度は、委託者も受託者も収益を期待する信託であり、これを「商事信託」といいます。しかも受託者となる者は、国から許可を得た法人(信託銀行や信託会社)でなけれなりませんでした。

 改正信託法は2007年に施行された法律で、これまでの商事信託の自由度を高めて、個人間で利用できる民事信託も利用できるようになりました。新たな民事信託は個人間で財産が移動できるのですが、商事信託のように法による監督はありません。したがって、利用する場合は自己責任で行う事になります。後述しますが信託監督人などの信託関係者の設定もできるようになっています。



 商事信託で多く利用されているのが、投資信託、NISA、iDeco、直系尊属からの教育資金贈与(非課税枠1,500万円)、住宅取得資金贈与(非課税枠1,000万円)などです。

 民事信託は個人間で財産移動・処分が行われますが、委託者から受託者に信託される財産は、その額は上限なく非課税となります。なお、商事信託で財産を信託した場合は、毎月信託手数料が発生し、信託財産から差し引かれますが、民事信託では受託者への報酬は無料であったり、有料であったりを信託契約書の中で自由に設定できます。

①信託財産の所有権移転で非課税であること及び②受託者への報酬の自由度。まずは、この点が注目される理由と言えます。この後は、実際の民事信託の利用例について記します。

2.民事信託の利用例

 では、民事信託はどのような場面で利用されているのでしょうか。以下で、代表的な利用例を紹介します。なお、当協会では高齢者支援を行うための民事信託の制度普及と、利用者増加を目指していますので、 信託財産が運用目的の不動産のみであったり、事業承継のための株式信託などは扱っていません。このような場合は提携する弁護士や司法書士、税理士などを紹介しています。

 民事信託の活用例は、上記のほかにも「死後事務委任にための信託」、「子どものいない夫婦の相続対策信託」、「後妻と実子の相続対策」など多岐にわたります。財産管理について何らかの不安を感じている方(高齢者に限りません)は、是非、民事信託の利用を検討してみてください。


3.成年後見制度と民事信託

成年後見制度

 認知症対策としては成年後見制度があります。一方、民事信託も利用目的の多くは認知症対策となっています。この違いについても知っておくべきことの一つですので、以下で説明いたします。

 成年後見制度は、認知症になった方の4親等以内の親族が、家庭裁判所に成年後見人の選任を申し立てます。申立て人がいない場合は、市長申立てなど行政が担うこともできます。選任された後見人は被後見人(認知症になった方)の所有財産すべてを管理します。もし、高額商品を売りつけられていたとしても、契約の取消しもできます。また、被後見人の代わりに、生活・医療・介護などの契約手続きを進める法律行為も行います。前段は「財産管理」、後段を「身上看護」といいます。

 成年後見人は家庭裁判所の監督のもと、被後見人本人のために、財産管理および身上監護を行いますが、前述したように被後見人以外の家族などに関しては、財産を移動したりすることは、裁判所の許可がなければ行う事はできません。また、後見人の職務は被後見人が死亡するか認知症が治った場合まで続けられ、途中で後見人が職を降りることはできません。さらに後見人への報酬は裁判所が決定し、月額2万円~6万円の費用がかかります。

民事信託の認知症対策

 民事信託は本人に判断能力があるときに、信託契約を締結することで開始されます。一般に委託者は認知症罹患を心配する高齢者であり、受託者は委託者の子や家族が引き受けます。成年後見人のように裁判所が関与することはなく、信託契約に基づいた信託事務が受託者により継続されます。委託者が信託する財産は受託者に所有権が移転します。したがって委託者が認知症になり、症状が進んだ場合でも、信託財産は凍結される財産とはなりません。

 さて、仮に信託期間が5年10年と続いた場合、委託者と受託者の関係に揺らぎが出てくることがあります。例えば受託者の信託財産の費消、受益者に対する信託事務が契約通りに行われなくなるなどです。したがって、これを防止するために、改正信託法では「信託監督人」を設定し、法的に監督できると定めています(信託法第131条)。当協会でも信託監督人を設定することをお勧めしています。信託監督人は定期的に受託者から財産の収支や現状について報告を受け、適宜受託者を指導する役目を担います。

 受託者への報酬に関しては、無報酬でも有償でも自由に決めることができます。わずかな額でも有償とすることで、信託契約が安定することも考えられます。

 西暦2000年からスタートした成年後見制度ですが、2022年認知症罹患者数およそ600万人に対して、成年後見制度を利用している人は25万人程度と、制度利用者は認知症患者の4%程度にとどまっています。利用者数の伸び悩みの原因としては、認知症患者の家族からの不満であったり、他人に家族の財産を管理させることに抵抗感がある、一度お願いすると本人が死ぬまで解約できない(費用負担が高額)などがあるようです。現在、厚生労働省では成年後見制度の大改革を検討しており、これまでよりも利用しやすい制度として生まれ変わる予定です。

4.生前契約と民事信託

代表的な生前契約

 代表的な生前契約には、「生前事務委任契約」と「任意後見契約」ほかに「死後事務委任契約」などがあります。

 高齢になると体力の衰えや体調の変化などで、入院が必要になることも出てきます。また、配偶者に先立たれ、独居生活を続ける方も出てきます。そばに家族がいて、支援してくれる環境があれば安心ですが、そうでなければ、これまで自分ができていたことを第三者にお願いしなくてはならなくなります。病院入院時や施設入所時の身元保証人、医療行為への同意、支払いや各申請の金銭管理など本人にい代わって事務的に契約等を行うのが「生前事務委任契約」です。

 また、認知症を罹患した場合には、裁判所に対して任意後見監督人の選任を申立て、後見人として本人を守るために契約しておくのが「任意後見契約」です。どちらの契約も契約書内に代理権目録を定めて、本人の希望する代理作業を行うようになります。

 さて、生前事務委任契約で、代理権を与えて各種の支援をお願いするとしても、財産管理だけは家族や甥・姪に頼みたいという方が出てきます。

 例として上のような家族関係で、本人と弟の関係があまりよくなく、また疎遠である。たまにあっても兄弟で揉め事が起こることもしばしばである。何も対策をしていなければ、本人が亡くなったとき、葬儀や埋葬、年忌法要などで妹家族と揉め事になりかねない。さらに本人の相続財産についても注文を付けてくることが予想される状態にある。したがって本人としては、葬儀その他をスムーズに行うために、甥と信託契約を締結して葬儀関係に必要な費用をあらかじめ信託しておく。さらに喪主は妹になると思うので、第2受益者に妹を指定して祭壇の準備などの費用を渡せるようにしておく。

 生前事務委任契約と民事信託を併せて締結しておくことで、体調の変化による入院時などの身の回りのことは生前契約で対応でき、亡くなったときは民事信託で本人の希望する葬儀・埋葬・年忌法要などがスムーズに行うことができます。家族関係が必ずしも良好ではないという方も、少なくないようです。このような利用方法もあるということを覚えておいてください。